高専実践事例集V
工藤圭章編
高等専門学校授業研究会
1998/12/20発行

   


  
こんな授業をやってます

   
menu
 

T 感動させます
  1 新鮮な体験だからひきつける

 

 ●新時代の製図教育(64〜78P)

  コンピュータで設計・製図             岡田 学  長野工業高等専門学校助手

     
   

  「5年生のCADの授業を受け持ってくれ」と、機械科主任から任されたのは平成九年の春のことだった。現在の企業における製図作業は従来のドラフターを使った手書きの製図に代わってCADと呼ばれるシステムを使った製図が主流である。そこで、長野高専機械工学科でも、平成五年度頃からCADを使った製図教育について検討を始め、平成七年度末に一クラス全員が同時に使うのに必要な数量のCADソフト他を導入した。そして、従来のドラフターを使った製図の授業のうち、五年生の製図だけをCADを使った製図に置き換え、それを私が担当することになったのである。

 

   CADとは何か
   

 CADというものをご存じだろうか? CADとは Computer Aided Design (コンピュータ支援設計)のことで、その名の通り、コンピュータの助けを借りて設計作業を行うシステムの総称である。設計とは高度に創造的な作業であるが、一般的にCADは創造的な領域までは支援してくれず、もっぱら製図作業の支援にとどまっているものがほとんどである。
 製図におけるCADの働きは、文書作成におけるワードプロセッサのそれと似ている。当初、文書の清書等の目的で使用されていたワードプロセッサが、次第に文書の作成過程を変化させていったのと同様、CADも図面の作成過程を変化させている。一般的に製図におけるCAD導入の効果とは

 (1) 各種作業が自動化されており、作業量の軽減、作業速度の向上、誤りの減少等が期待できる。
 (2) 図面の修正・変更が容易で、何度でも行える。また、過去に遡って作業の誤りを訂正することができる。
 (3) 入力された図面データには再利用性がある。既存の図面を修正・変更して再利用することにより、類似品の製図が省力化できる。
 (4) 作成した図面を他のシステム(CAE、CAM等)のデータとして利用することが可能である。
 (5) 図面はデータファイルとして保存されるので、保管、複製、輸送(転送)が容易である。
 (6) ネットワークを利用して図面を共有することが可能である。
 (7) マルチレイヤー機能により、図面上の各要素を分類整理して管理することができる。
 (8) 図面に更新履歴等の付加情報を加えて管理することができる。
 (9) 仕上がりの個人差が少ない。また、高品位な出力装置で印刷することにより美しい図面が得られる。
 (10) よく使われる基本的な部品の図面情報がライブラリとして用意されている。
 (11) ドラフターと比較して、空間利用効率が良い。

等である。これらの効果により、企業の生産活動においては自動化・再利用性等が作業者の負荷を軽減するので人件費を削減することができ、それはコストダウンにつながる。また、負荷軽減を作業速度の向上とすれば納期短縮につながる。また、図面データを各種解析に利用するなどして、従来無かった付加価値を得ることもできる。

 

   CADを教えるのは何故?
   

 もちろん、特定のCADの操作に習熟させること自体には、あまり意味はない。CAD教育の目的は従来のドラフターを使った製図とは異なるいわば「CAD流」の製図を経験させることにある。先に述べたように、製図におけるCADの働きは文書作成におけるワープロの働きと似ている。現代では本格的な文書作成がワープロ無しでは考えられないのと同様、現代の本格的製図はCAD無しには考えられないと言って良いだろう。
 ここで、設計と製図の関係についてもふれておきたい。図面に線を引く作業は「製図」である。しかし、創造的に意味があるのは設計者の「設計」の思考である。製図はその結果を紙の上に書き留めているに過ぎない。従って、その製図作業の負荷を軽減することによって、より創造的な設計の部分にエネルギーを注ぐことができるのである。

 

 苦労しなければ身に付かない?
   

 機械工学を学ぶ学生達には製図が嫌いな学生が多い。何故だろうか? 製図は機械工学科における主要な提出物の一つであり、学生からは試験、レポートと並ぶ「試練」と捉えられている。しかし、製図とはすべて苦痛を伴う作業なのであろうか? 例えばロボットコンテストに出場するロボットを設計する学生は、夢中になって図面に線を引いている。設計とは本来、美術、音楽、文学などと同様、高度に知的な創造であり、喜びを伴うものであるはずだ。私自身、学生時代に某テレビ番組の「鳥人間コンテスト」に応募するため、仲間と議論を重ねながら喜々として図面を描いた思い出がある。では、どうして製図が「試練」になってしまっているのだろうか。その理由は様々だが、最も多いのは「描くのが大変だから」である。ドラフターを使った製図作業は非常に多くの労力を必要とする。「線や円をきれいに描く」という創造の本質ではない部分に多くのエネルギーを使っているのだ。「苦労しなければ覚えない。」という意見もあろうかと思うが、成長のために必要なのは試行錯誤の苦労であり、単純な苦痛ではない。
 CADでは手書きの場合に比べて製図作業の労力が大幅に軽減される。図形の一部を移動させたりすることも容易なので、試行錯誤を繰り返すことも、それほど負担ではないし、試行錯誤の結果、図面が汚れるというようなこともない。

 

   誰でも綺麗な製図が描ける
   

 仕上がりの個人差が少なく、誰でも美しい図面を描くことができることもCADの大きな特徴の一つである。製図の授業で「図面をきれいに描くことができない」というだけで、設計・製図に関して劣等感を抱いている学生は多い。しかし、図面を美しく描くことと、機械技術者として優れているかどうかということは、本質的には無関係であるから、こうした劣等感は取り除いてやった方がよい。また、製図を評価する側も、美しい図面に良い評価を与えやすい。きれいに描いてある方が見やすいのは確かだが、それが製図の本質ではない。図面は設計者の思考の結果を加工者等に伝えるために描かれたものだから、美しさよりもわかりやすさを心がけるべきである。美しく描くことに煩わされなくて済むなら、その方がよい。

 

 図面を構造化する
 CADの図面は一枚の図面が複数の層(レイヤー)から成るマルチレイヤーという構造になっているのが普通である。マルチレイヤーとは、一枚の製図用紙に代わって透明なシートを何枚も重ね合わせたような構造を持つ作図画面のことである。レイヤーを上手に使用すると、編集作業や図面の管理がしやすくなる。例えば、複数の部品で構成される機械を製図する場合、手書きでは一枚の製図は一枚の製図用紙にすべて描かれる。一方、マルチレイヤー機能を持つCADでは各々の部品を別々のレイヤーに分けて描くことが一般的である。出来上がりの見かけはマルチレイヤー機能を使わなかったものと変わらないが、各々の部品が区別されているので、大いに思考の助けになる。また、それぞれの部品図を描く時に、各レイヤーの図形を流用できる。
 機械設計製図の代表的な図面として、個々の部品の形状・寸法・加工方法等を示す「部品図」と、部品を組み立てた全体の様子を示す「組立図」がある。設計作業の手順としては、まず、部品が互いに組み合わされる制約条件を決定するために組立図を先に書き、それを分解して部品図を描くという手順が一般的である。一方、それとは逆に、まず個々の部品図を書き、それを組み合わせて組立図を描くべきという考え方もある。この場合は、部品図に先立って設計対象についてのすべての情報を盛り込んだ「計画図」を描くことが必要になる。CADを使うと、このどちらもが容易になる。組立図をマルチレイヤー機能を使って部品ごとにレイヤーを分けて書けば、組立図を部品ごとに分解して部品図を描くことも、また部品図を集めて組立図を作ることも簡単にできる。図面の修正・変更が容易なので、計画図のように試行錯誤が多い図面もCADで描けばそれほど面倒ではない。

 製図も「推敲」が大切
 文章を書く場合、一度書いた文章に繰り返し推敲を行うことによって洗練された文章になっていくものだ。製図の場合も同様である。しかし、手書きの製図の場合、一度描いた線を消して書き直すのは面倒だと感じることが多いし、そういう「推敲」を繰り返すほど図面は汚れて汚くなるので、「できればやりたくない」と思うことが多い。しかし、CADではそうした作業はきわめて簡単に、かつ短時間に行える。また、そうした作業のために図面の美観が損なわれることもない。
 また、製図の途中でのレイアウトの変更、用紙サイズの変更、縮尺の変更等、手書きの製図ならば最初から書き直さなければならないような変更も、CADならばごく簡単に行える。さらに、undo(操作の取り消し)、redo(取り消した操作の再実行)等の機能を備えているので、失敗を恐れずに操作することができる。

 電子化された図面
 CADでは図面はデータファイルとして保存されるので、保管、複製、輸送、転送が容易である。例えば、授業で学生から提出される図面は、手書きの製図ならば大きな紙に描かれたものが提出されるので、保管が大変だが、CADならばフロッピーディスクに保存されたものが提出されるので、保管のために大きなスペースを必要としない。また、それらを整理したり、検索して必要なデータを取り出すことも簡単である。例えば、平成九年度の五年機械科の全学生の全提出物が、たった一枚のCD-ROMに納められて、私の手元に保管されている。
 提出方法については、例えばWindows用の電子メールツールを使えば、電子メールの添付ファイルとして授業の担当教官へ送ることも可能なので、今後検討してゆきたい。
 一方、複製が容易であることに注目し、授業の課題を提出する際、他人のCADデータを複製して提出しようとする者もいるのは困ったことだ。他人のデータを無断で複製するものまで現れ、複製された方もそれに気付かないなど、ディジタルデータの取扱いの容易さが、セキュリティーの弱さという一面を見せる場合もある。これは企業でも問題になっていることだ。

   CADもネットワークの時代
   

 近年、コンピュータネットワークが急速に普及し、もはやコンピュータは何らかの手段でインターネットや社内ネット等のネットワークに接続して使用するのが当たり前になった。そこで、複数の設計者が共同で設計を行う場合、このネットワークを利用して図面を共有しながら設計を進めるという手法が取られることが多くなった。こうすると、全員が常に最新の図面等を見ながら設計を進めることができるし、ネットワークでつながっていれば物理的な距離の制約を受けなくなるので、互いに離れた場所にいる設計者達が共同で設計を進めることが可能になる。航空機の開発等では、互いに別の国にいる技術者がコンピュータネットワークを利用して共通のCADデータにアクセスしながら作業を進め、さらに時差を利用した二四時間開発体制を作って開発速度を飛躍的に高めた例もある。

 

 現実感を失うな
 CADによる製図ではしばしば「スケール感の喪失」が問題とされる。CADの画面上に表示される図面の大きさは、プリンタやプロッタから打ち出される図面の縮尺とは無関係である。さらに、CADは一般的に図面を拡大・縮小して表示することができるので、画面上に表示される大きさと実際の寸法との関連性はますます薄くなる。そのため、微細な部分を加工が難しい複雑な形にしたり、壁部の厚みや隅の丸みがアンバランスになったり、ということが手書きの場合よりも起こりやすい。しかし、CADでは描画の際に逐一寸法が表示されるものが多いので、寸法の数値に注意して、現実感を保ちつつ作業を進める心がけが必要になる。
 また、拡大して一部分を描いているときは、全体のバランスを忘れやすい。時々は全体を見ながらバランスに配慮して作業を進める心がけが必要だ。どんな課題を与えるか
 授業の目的はCAD流の製図を経験させ、CADの特徴を理解させることである。そのためにはどのような課題を与えたら良いであろうか。平成十年度に実施する内容を例に挙げ、その要点を述べる。

(1)自由課題

 起動方法、終了方法、操作の基礎等を一通り説明した後、最初に与える課題は「自由課題」である。最初は決まった課題を与えず、とにかくいろいろな機能を試してCADに慣れることがまずは大切であると考え、自由課題としている。付け加えるならば、「授業は楽しく」が自分の信条であるので、楽しみながらCADに慣れてもらうこともねらって自由課題としている。自由課題の例を図1に示す。

(2)支持金具

 直線、円の単純な組み合わせで描くことができる図面。実線と鎖線の切り替え、寸法線の記入法等を覚える。出来上がった支持金具の図面を図2に示す。


(3)軸受け@

 ここでは複写、移動を覚える。図3に軸受け@の図面を示す。正面図、上面図とも左右対称な形であるので、左右どちらか半分だけ描いたら残りの半分はそれを複写すればよい。このような単純な繰り返し作業を省力化できることがCADの特徴であり、それを理解させることが重要である。また、接線、角の丸め等の機能も使っている。

(4)軸受け押さえ

 図面を図4に示す。対称な部分や同じ形の部分を複写するなど、要領は軸受け@と同じ。


(5)軸受けA

 従来の機能に加え、接円を描く機能、仕上げ記号等の定形部品の呼び出し等の機能を使って描く。図面を図5に示す。

(6)平歯車(大・小)

 マルチレイヤーを使って、@大歯車、A小歯車、Bその他(寸法線、注釈、仕上げ記号等)の三層に分けて描かせている。さらに、それぞれのレイヤーごとに線を色分けして描かせ、レイヤーごとに分解しなくても、どの線がどのレイヤーに描かれているのかを判別しやすくさせている。図面を図6に示す。


(7)玉型弁

 玉型弁の組立図を図7に示す。組立図とは多くの部品から構成される機械が組み立てられた状態を示す図面であるが、これもマルチレイヤーを使ってそれぞれの部品ごとにレイヤーを分けて描く。レイヤーごとに分解して表示した様子を図8に示す。


 CADになじめない者もいる
 ここまでドラフターに対するCADの利点を述べてきたが、全ての面でCADが優れているわけではない。手書きの製図に慣れた学生達からは、「マウスとキーボードによる操作に馴染めない」という声も少なくない。さらに、「操作を覚えるのが面倒」、「自分が必要としている機能が、どこのメニューに配置されているのかわかりにくい」といった感想も聞かれる。また、「長時間画面を見つめていると目が痛くなる」といった声も聞かれる。CADはまだまだ発展途上のシステムである。さらなる改良が望まれる。

 おわりに
 教育の本質は、学生が将来、より幸福な人生を歩めるように助けることだと認識している。このCAD教育が学生達の将来に、より有益なものになるように工夫してゆきたい。

   
    UP ↑
    menu