高専実践事例集V
工藤圭章編
高等専門学校授業研究会
1998/12/20発行

   


  
こんな授業をやってます

   
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T 感動させます
  2. 汗をかけば感動がある

 

 ●ものづくりを対象とした実習の実現(111〜125P)

  「無人搬送車の開発」を題材にした総合実験実習    小野伸幸
                                                       長野工業高等専門学校講師

     
 

 新聞に載ってるぞ

 
   

 それは平成8年7月のことであった。広島で開催された日本工学教育協会主催の平成8年度「工学・工業教育研究講演会」にて、長野高専電子制御工学科において平成7年度より実施した「総合実験実習」の概要とその実施結果について高専電子制御工学科における実験実習指導−システム技術者能力の育成を目指す総合実験実習の導入−」と題した講演を行って戻ってきた矢先のことであった。講演会から帰校した翌朝、当時の校長から学科主任あてに、7月26日付け日本工業新聞8面に「長野高専がプログラム開発・無人搬送車で総合実験実習・実践的システム技術者育成ヘ」という見出しの記事が掲載されているが、これはどういうことなんだ!という間い合わせがあった。とりあえずその記事を見せていただくと、一昨日に我々が広島で講演してきた内容がほぼそのまま記事として掲載されているではないか。新聞社からは講演会当日を含めて我々に対するこの実習に関した取材等の接触は一切なく、どうやら記事の内容は講演会で発行された講演論文集に掲載された我々の予稿から抜粋されたもののようであり、我々の取り組みが全国紙レベルで注目されたことに対して一種の充実感のようなものがあふれた出来事であった。

 

   総合実験学習とは
   

 唐突に「総合実験実習」という我々が付けた実習の名称を勝手に使って話を進めているが、この実習の内容について説明しておかねばなるまい。「総合実験実習」は、長野高専電子制御工学科において4年次の学生を対象に平成7年度より実施されている実習の名称である。電子制御工学科は平成4年度に機械工学科の分離改組によってできた新生の学科であり、その教育理念は、「機械、電気・電子ならびに情報・制御工学を基盤工学として位置付け、これらの基盤工学が複合した技術領域でカが発揮できる技術者の有成を目指す」である。このような教育理念に基づき、すでに平成2年の分離改組計画立案中からこの実習の構想は固まっていた。その根幹をなす思想は、「待定の装置や機械を対象とし、それの設計や製作などのものづくりの過程を通じ、基本となる要素技術を習得させるだけでなく、それら要素技術が複合したシステム開発等の現場にも十分対応できる技術者としての能力とセンスの育成を図る」というものであった。そして平成4年4月、改組が実現して電子制御工学科が正式に発足した。それ以来、学科の年次進行と共に教育カリキュラムの充実や設備の導入、施設計画の具体化など多忙な実務に追われる中で第1期の学生が3年生となり、「総合実験実習」の実施まであと1年を残すだけとなった平成6年、筆者を中心とする実習準備プロジェクトチームが学科内に編成され、前述した構想を踏まえた実習実現に向けての作業が始められた。この準備チームの会合において開発する対象について議論を重ねた結果、対象は「動きのあるものがよい」という意見に集約された。そこで、開発の対象を工場等の現場で資材や部品等の運搬に広く用いられている「無人搬送車」とすることに決定し(ただし、実際の物流に供するものでなく、床上の走行ラインに沿って走行するという単純な構成のものとした)、学科の教育理念に基づくこの実習を電子制御工学科の目玉的な実習にしようということで実習開始にむけての準備が始まったのである。

 

   どんな要素技術を盛り込むか
   

 実習に限らず講義等も一緒であるが、教材を作り上げる上で大切なことは「その教材を使って学生たちに何を習得してもらうか」ということをあらかじめ明確にしておかなければならない。我々がこの実習を教材として完成させてゆく過程においても、そのような立場からの議論がなされたことはいうまでもない。我々の学科はいわゆる複合学科として設立され、その教育理念は前述したようにシステム技術者の育成にある。とりわけこの実習では専門的な要素技術教育だけではなく、システム技術者としてのセンスの育成を大きな目標として据えたため、搬送車の開発という課題に対してそこに盛り込むべき要素技術や、それらを包括的に捕えることができる考え方をどのように実習の中に盛り込んでゆくのかが重要である。そこで我々は、搬送車を走行させるための機構部分、搬送車の動きを実現するための電気的な制御回路部分という二つの要素技術に加え、搬送車の制御にマイクロコンピュータを導入し、そこに搭載するべき制御プログラムの開発という要素的技術を通じて、機械、電気・電子、情報・制御という三つの側面から対象となる搬送車全体を把握し、どの要素技術が単独に優れていてもすべての技術が揃わないことには搬送車が目的どおり動かないということを体験させようと考えた。

 図1にこの実習で開発する対象となった無人搬送車の外観写真ならびに簡単な構造図面を示す。この搬走車は、車体前部に取付けられた光学式センサで床上の走行ラインを読み取り、これに沿うように走行ユニットのハンドルの向きを制御しながら自走するものである。ところで、このような構成の搬走車のすべてを実習時間内で製作することは時間的制約から不可能である。そこで、@センサからの位置情報をマイクロコンピュータに入力したり、動力源であるモータを制御して搬送車の走行やハンドルの制御を行うための信号をマイクロコンピュータから得るための制御回路(これらは制御ユニットに搭載される)の製作、A搬送車を走行させるための走行ユニットの機構設計ならびに製作、B搬送車をよりよく動かすための制御プログラム開発、の3つを実習における要素技術習得のための課題と設定し、その他の部分は共通部品としてこちらで用意し、毎年継続便用することとした。

   実習の運用
   

 総合実験実習の対象となる学生は約40名、期間は1年間約30週、週3時間の時間割の中で実施される。理想的には一人一人がオリジナルの搬送車を開発できる環境が最高であるが、実習時間、指導者の人数、実習設備の容量を考えるとそのようなわけにはいかない。そこで、この実習は1班を4〜5名構成とし、各班で1台の搬送車を完成させるという形態にした。実習の運用形態を図2(次ぺ−ジ)に示す。総合実験実習では、搬送車を作り上げてゆく過程を四つのテーマに分類し、年間を四期に区切って四班ずつの2つのグループがそれぞれのテーマを交互にこなすような形態で実施した。なお、指導にあたる教官および技官はそれぞれのテーマにおいて2〜3名である。各テーマの概要は以下の通りである。

 ●制御回路製作 あらかじめ設計されている制御ユニットに組み込むための各種制御回路に基づき、プリント基板の配線設計ならびに実装、動作検証を行う工程である。制御ユニットはそこに搭載する制御回路を機能別に五つの別基板として実装できるように設計されている。したがって、このテーマでは必ず一人一人が回路製作の作業を担当することとし、余剰な学生がでないように配慮した。また、このテーマで製作する制御回路の詳細な設計手法については、4年次の講義「マイクロコンピュータ」で実習の進行と一緒に解説し、回路設計技術に関する知識の習得を講義と実習の並列進行という形で実施した。

 ●ソフトウェア開発1・2 ソフトウェア開発1は、制御プログラム開発に必要な各種ツールの使い方およびアセンブラプログラミングの基礎を、2では実際に搬送車を制御し、走行ラインに沿って走行させるための制御プログラムの開発を行う工程である。ソフトウェア開発では各班にそれぞれ2台のソフトウェア開発用パーソナルコンピュータおよび制御対象である搬送車を用意した(初年度は台数が揃わなかったため、各班1台という環境でスタートし、翌年度よりは前年度に開発された搬送車を利用して前述の台数を充足させた)。また、このテーマの内容および詳細についても、制御回路製作と同様に講義との同時進行をできるだけ図った。

●機構の製作 機構の製作は、各班で搬送車を走行させるための走行ユニット(図1参照)の機械部品を実際に加工し、これを組み立てて完成させる工程である。この工程は、実習と並行して開講されている「設計製図」と連係をとり、このテーマが始まるまでの10週間の間に、あらかじめ完成されている走行ユニットを分解してその寸法を計り、あらためて書き上げられた自分の設計図面に基づいた製作が行われる。すなわち、この工程では自分の書いた設計図面を実際のものに組み上げてゆくという、通常の工作実習などではなかなかできない工程を体験できるように工夫した。
   実習開始までの長い道のり
   

 「無人搬送車の開発」をテーマに掲げた総合実験実習の開始に至るまで、その準備には途方もない労力が費やされた。つまり、実習の開始となる平成七年四月までに無人搬送車の試作だけでなく、前述したような実習の運用計画の立案、実習に必要な物品の手配および設置、実験に便用するテキスト作り等の準備をすべて終わらせておく必要があったのである。実際の準備作業が始まったのが平成6年10月である。ちょうどその年の九月に電子制御工学科棟が竣工し、試作などに便える機械や器具が整備されてきたのを幸いに連日深夜までの作業を続け、ようやく12月末になって搬送車試作第1号機が出来上がった。これを準備チームで評価・検討した結果、制御回路およびソフトウェア開発のテーマには十分適用できるものであったが、機構製作の対象である走行ユニットの構造が複雑であり、もしこのまま実習に展開したら予定されている実習時間内に学生が加工と組み立てを行うことは到底不可能であるという結論となり、機構部の筒素化が強いられた。翌年1月初旬、実習開始まであと3力月を切った時期になってようやく2号機が完成、走行ユニットの構造も比較的簡単となり、これなら実習に適用できるという判断がおりた。これで安心ではない。実習に必要な車体等の共通部品や、設計製図で用いる見本の走行ユニットを必要数だけ準備しなくてはならない。またテキストの準備や制御回路製作用の部品の発注などまだまだ作業は続く。さらに当時は学科自身が新生のため人員が少ない、という極めて特殊な状況が忙しさに追い打ちをかけてくれた。なんとか部品準備などの作業は関係者を動員して内部処理でこなしていったものの、最大の間題はテキストであった。テキストは技術資料にしようという構想ですでに部分的に執筆者を決めて着手していたのであるが、書き始めてみると技術資料という範疇だけに収まらず、ものづくりに関するノウハウ書的性格を強めていった。結果として初年度当初は必要な項百だけを与え、あとはその都度追加してゆくという形態を取り、最終的に平成7年度の実習が終了した段階でテキストは約270ぺ−ジ、その内容はマイクロコンピュータを中心とした制御システムの開発におけるハードウェアおよびソフトウェア開発の技術資料および入門書、走行ユニット設計を題材とした機械設計入門書、機械加工や電子回路製作に必要な技術ノウハウ書のような性格を包括した七章構成のA4判の本として完成した。そして、平成7年4月、この膨大な準備作業を経て総合実験実習がスタートしたのであった。

 

     実習が始まったぞ
   

 実習が始まるまで、「学生がどこまでこの実習の目的を理解したり、それを受け入れてくれるのか」、「実習が計画通り遂行できるのか」、このような長期にわたる実習計画の立案や実施も我々にとって全く初めての経験であり、これらの点は大きな不安材料であった。ところがいざ実習が始まってみると意外なほど順調に実習が進行していったのである。ところが実際に作業をしているのは学生である。こちらの意図しない出来事がいろいろな場面で発生してきた。

●コンデンサが燃えた? 制御回路製作での場面である。学生にとって、座学では回路設計などを十分にこなしているのだが、実際の回路製作作業はほとんど初めての者が多い。最初は比較的トラブルも少なく順調に進行したが、さて、基板もできました、部品も実装しました、動作の検証をしましょうといった時である。回路に電源をいれても動かなかったりコンデンサからパッと煙が出たりで、その対策はけっこう手間がかかるものであった。これらの間違いが無いように事前に十分に注意したはずであるが、実務経験の少ない学生には電子回路の実物は簡単にできるものではないことを判らせる良い機会になったことであろう。

●組み立たりません? 機構の製作で加工した部品の素材は鋼およびアルミであり、すべて旋盤およびフライス盤、ボール盤を利用して加工した。加工が始まってみればこれがまた大変であった。自分たちで描いたはずの図面にしたがって加工するだけの作業であるが、なかなか思ったように加工できない。一番の間題は、図面中に何気なく書き込んでいる寸法公差や精度が実現できないのである。自分たちの描いた図面にも拘らずである。しかし、この実習に参加している学生たちは工作機械の取り扱いについての基礎的実習は受けているものの、実際に自ら描いた設計図面にしたがって部品を加工することはほぼ初めてに近いのである。したがって、このような失敗が数多くあることも当然であり、失敗させられる時間や機会がこの実習で与えられたことはこの実習の一つの目的を達成できたものといえよう。さて、機構部品の加工が完了しました。組み立ててみましょう。えっ、穴が合わない!これは初年度に起きた出来事である。初年度ということもあり、設計製図で実際に図面を書いている最中に設計上の間題が発生し、ねじ穴位置の寸法とそこに取り付ける板に空ける穴位置の寸法が変更になっていたのであるが、一方のみが修正され、他方はそのままになっていたのである。ぼとんどの部品の加工が終了していた時点なので、これから作り直す時間的余裕はなく、やむなく若干の追加工で見栄えは悪くなったが一応組み立てられるように改良した。このあたりも、図面の段階で十分な検討がなされたのか、設計図面に線を一本書くことは簡単であるが、設計に不備があると実際に加工したものが組み上がらず、その損失は大きいものであるということを学生たちには理解できただろうか。一つの失敗体験として記憶に残る出来事であった。

●あっ、動いたぞ ソフトウェア開発のテーマは、最も学生たちの個人能力に差が出たテーマであった。すなわち、機器に組み込むソフトウェア開発という課題そのものは学生たちにとって初めての経験であるが、開発に便用するパーソナルコンピュータの取り扱いやプログラミングという事項に関しては突出した知識を持っている学生がいるのである。こういう学生は、未知の課題であってもすんなりとこれを受け入れ、あっというまにその目的や内容を消化して実行してしまうのである。そこで、このような学生に一人歩きさせないため、個人個人が必ずプロジェクトの一員として参画できるような体制をとる等の対策も必要になったのである。さて、ソフトウェア開発は実際の搬送車を用いたソフトウェアの開発作業である。ソフトウェア的にハンドルを動かしてみたり、ランプを点灯させてみたりの基本的作業が始まると、実際に動くものが相手であるためか、動きを見ながら「やったー」とか「だめだー」とか、これもまたにぎやかなものであった。やはり動作が目に見えるというものを対象にしたことが成功であったと思わせられる光景であった。

 

     さあ走らせてみよう
   

 制御回路もできました。制御ソフトウェアもできました。走行ユニットもできました。それでは組み付けて走らせてみましょうというのが走行会である。走行会は床の上に複雑に曲がった走行ラインを貼った板をひいて、その上で自分たちで作り上げた搬送車を走らせるものである。制御プログラムの善し悪しが走行性能に影響するのである。ほぼ同じ考え方でプログラムを設計させているためそれほど性能に差は出ないはずであるが、今度は機構部分の組み立てが悪いため動きが渋く、ハンドルがきちんと切れないような機械や、制御回路のハンダ付けが悪くて走っている途中で動かなくなるものまで様々なトラブルが発生し、その度に他の学生からはやし立てられその場で組み立て直したり調整し始める学生もおり、約3時間であるが和気あいあいとした雰囲気の中で走行会も無事終了である。

 

     どんな実習だと思いましたか
   
 総合実験実習では実施当初より、年間四回それぞれのテーマが終了するたびに実習に関する同一のアンケートを実施し、本実習に対する学生の反応を調査した。平成7年度に行ったアンケートの集計結果を図3(次ぺージ)に示す。本実習で選択した「無人搬送車の開発」という課題は実習として適切であり、その実習の分量もほぼ適切であると大多数の学生に受け取られている結果が得られた。ところが実習の目的や内容の理解については一部の学生がまだ十分でないと回答しており、また、数は少ないが講義と実習の関連付けが十分にできていないという結果も得られ、様々な要素工学を融合した総合的実習の難しさも痛感した。さらに、テキストに関する設問では内容が難しいと答えたり、実験実習以外での活用ができないという回答も多く、技術資料としても活用できるとしたテキスト編集方針の意図の理解や、枝術資料を読みこなすカの育成にはまだ若干の問題を残しているといえよう。一方、アンケート内の意見では「主要部分ができており、キットを組み立てているようだ」「もっと自由度のある設計をしてオリジナリティを出したい」「搬送車の格好をもっと良くしてみたい」など、実習内容の改善に向けての意欲的な意見もあり、今後対応を考えなければならない課題のいくつかが浮さ彫りにされた。
     まとめ
   

 前述した新聞掲載から約1ヶ月、日本工学教育協会から一通の手紙が届いた。文面には、「平成8年度の『工学・工業教育研究講演会』にて発表された内容を、協会誌である工学教育に投稿してみませんか」、という内容であった。いわゆる、論文として出してみないかということである。さっそく承諾する旨を回答した。平成9年1月に本学科が取り組んだ総合実験実習の中味を公の論文として発表出来たのである(「工学教育」45巻1号平成9年1月)。

 総合実験実習はものづくりを題材として要素技術や技術者としての広い視野やセンスの育成を目標としたものである。現在でもこの実習は学科の教育理念に基づいた象徴的な実習としてその地位を占めている。現在この実習も4年目を迎えたが、何度も繰り返しているうちに指導側や受け手もマンネリ化してくることは否めない。次の5年計画(本学科では実習や実験を5年のサイクルで見直して行くことを実施している)では新しい次の一手を考える時期にきていることは当然であり、そのために我々も世の中の技術動向に対して常に情報収集に努めてゆかなければならないであろう。

 おわりに、この文章は単著として書かせていただいたが、現実には長野高専電子制御工学科の多くの教官・技官の協力に基づいて完成した実習内容の紹介である。ここに関係者一同に感謝を表して稿を終わりとしたい。

   
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