高専実践事例集
工藤圭章編
高等専門学校授業研究会
1996/7/20発行

   


  
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2 もっと知りたくなる教材づくり

 

 ●感情を刺激するドイツ語教育(208〜223P)

  右脳に入るドイツ語              大久保清美  沼津工業高等専門学校助教授

     
   はじめに  
   

  平成4年度日本独文学会秋季研究発表会において、ドイッ語教育部会企画のひとつとして、浜松医科大学教授(脳神経外科学)植村研一博士による『脳の記憶と言語学習』と題する講演が行われた。この講演は、これまでドイツ語教育に真蟄に打ち込んでこられた先生方の多くに少なからず衝撃を与えたようで、例えば慶應義塾大学総合政策学部教授(言語コミュニケーション研究所長)の関日一郎先生も、その著書『慶應湘南藤沢キャンパス・外国語教育への挑戦一新しい外国語教育をめざして−』の中で、この講演について言及されている。私はといえば、残念ながらこの学会に出席していなかったので、あとで『ドイツ語教育部会会報44号』によりその講演概要を知るに至ったわけだが、私もまたその内容に大いに触発されるものがあった。

  以来、「右脳で教育したらうまく行く」という、この大脳生理学の知見をいかに実際のドイツ語教育に応用するかをずっと考えてきた。しかし残念ながら、もちろん私などにそうそう立派な自主教材が作れるはずもなく、そこで考えたのは、前述の関口先生が中心となって作成された慶應湘南藤沢キャンパス(SFC)用のドイツ語教材を参考にさせていただくことだった。というのも、現在私の知る限りでは、SFCのこの教材が、前述の大脳生理学の知見を最も良く応用していると思えるからである。本稿は、昨年19月末から12月にかけて、SFCの教材を参考にしながら沼津高専四年生(ドイツ語履修一年目)に対し行った、「右脳教育」の検証報舎である。

 

   自分で発見する
   

 植村先生によると、左脳は言語性概念を扱うデジタル型であり、知識・理論を主とし、「忘れやすい」という特徴があるのに対し、右脳は視空間概念を扱うアナログ型であり、図式化・直観を主とし、「忘れにくい」という特徴があるという。



例えば数学で「(a+b)2=a2 +2ab+b2」を公式としてそのまま教えると左脳に人ってしまい、左脳は右脳をつぷしにかかるので、右脳が半つぶれになった人間を育ててしまうのに対し、これを先生が生徒に問題だけ与えておいて、自分で公式を考えさせると、頭のいい生徒…はこれを図式で考えて、紙の上に4つの次元を書き(図参照)、それぞれにaやbを入れていって、50分もすると答を見つけてしまう。こうして自分で発見したものは長期記憶として右脳に入り、今後別の問題も解決する能力がそこで育つことになるという。

「数学の公式を規則として教えるのではなく、自分で発見させる」−‐これをドイツ語教育に置き換えるならば、「文法規則を最初から教えるのではなく、自分で発見させる」ということになるだろう。そこで、本稿のための検証を始めた昨年の10月未、ちょうど「名詞の複数形」の所にさしかかっていたので、「複数形の規則発見」の実験をすることにした。複数形については、関口先生も「規則発見」の例としてよく挙げておられるし、また実際にSFCの授業でも実践しておられるので、その有効性を検証してみたい気持ちもあってのことだった。

  実験の対象には、日頃から欠席者が少なく、クラスの人数もほぼ同じ、D4、S4の2クラスを選んだ。また、例に選んだ名詞は、それまでに出てきたものを主にした。具体的な授業計画は次のとおりである。

1、Lektion3-1のプリント配布。まず各自にまったくの勘で複数形を当てさせた後、正解を教える。(312ぺ−ジ参照)
2、Lektion3‐2のプリント(紙幅の関係で省略。Lektion3-3の中身を抜いた、外枠だけのもの)配布。Lektion3-1のプリントの正解をもとにして、2人から4人のグループで複数形の規則を発見させる。
3、Lektion3-3を用いて、S4は答合わせ、D4は規則の説明。
4、Lektion3-3のプリント配布。時間(約10分)を与え、複数形の型および個々の複数形を覚えさせる。(213ぺージ参照)
5、Lektion3-1のプリントを再配布して、小テストを行う。もちろん、前に配布されたプリントは見せない。

 右の授業計画のうち、S4は1から5まで、D4は3から5までで授業をした。つまり、S4には複数形の規則を自分たちで発見させ、D4には初めから規則を教えた。すると元来は両方のクラスとも大半の学生がドイツ語の授業に積極的に参加してくれる、いわゆる乗りのいいクラスだったのだが、この時ばかりは差がついた。つまり、S4は能動的作業をすることでますます活気づいたのに対し、D4は予想通り、受動的に規則の説明を間くうちに、ついうとうと眠る学生も見受けられたのである。学生のこの反応ひとつをとってみても、「規則発見」の授業の重要性がわかるが、授業計画5で行った、その日の定着度を見る小テストでも、普段テストをすれば必ずD4の方が上回るにもかかわらず、この時ばかりは案の定、S4の方が上回った。しかし、である。世の中、計画通りに行かないもので、この後予想に反する結果が出た。つまり、この授業の1週間後と約50日後に抜き打ちで1回目と全く同じ小テストを行ったのだが、1回目からのクラス平均点は次のようになったのである。(30点満点)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

   S4 27.7(11月1日) →24.1(11月8日)→22.4(12月20日)
 D4 26.5(10月31日)→23.2(11月7日)→23.1(12月20日)

 約50日後の3回目の小テストでS4とD4とが逆転してしまったのである。つまり、「規則発見」をしたS4が、「規則発見」をしていないD4に逆転されてしまったのである。植村先生によると、記憶が長期記憶に入ったかどうかは、確かに、実は2年経たないとわからないそうである。つまりこの検証も、あと2年後位にもう一度テストしてみないと(その頃、彼らはもう卒業してしまっているのだが)、実は判定がつかないのである。しかし、現時点ですでにこのような結果が出ていることからすると、これは私の独断だが、少なくとも「名詞の複数形」に関しては、確かに授業の活牲化という点では意味があっても、しかし「右脳に入れる」という点では、わざわざ時間をかけて「規則発見」をさせる必要性はあまりないのではないかと思われるのである。このことはまた、たとえ複数形の型を知っていても個々の名詞についてその複数形が必ずしもわかるわけではない、という事実からも推測できるのではなかろうか。

 

   ペア・ワーク(Partnerarbeit)の充実
   

 「感情の中枢に『記憶の座』もあります。……その意味で、人生楽しくおかしく覚えた方が記憶に残るということです。……感情の中枢が実は記憶と非常に結び付くのだということです。ですから感動したことは覚えている、しかしつまらないことはみな忘れるでしょう。……そういう意味で、感情を伴う教育をしない限り無駄であるということも覚えていただきたい」。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  またもや大脳生理学の教えであるが、ドイツ語の授業で学生が最も楽しそうにするのは、ペア・ワーク等で実際にドイツ語を話してみる時である。つまり、ペア・ワークこそドイツ語を学生の長期記憶に叩き込む絶好のチャンスなのである。それ故にこそ、このチャンスを更に生かすために、ペア・ワークの運用を充実させなければならない。例えば、従来よくあるように、ドイツ語の対話テキストを初めから与えてしまって、ただそれをなぞらせるだけでは、字生に発話の実感が伴わない場合が多いので、効果は半減である。そうではなくて、学生がある程度自主的に、かつ実感を持って発話できる環境を、例えばフロー・チャートのような形で指針として与えてやることが肝要である。そうすれば、学生は楽しく、かつ自分自身のことを実感を持って発話し、同時にそのドイツ語を覚えることができるだろうし、その積み重ねが、いわゆる発信型のドイツ語運用能力につながって行くものと信じている。このような趣旨で作ったのが、Lektion4-6の「Partnerabeitの流れ」である。見ておわかりのように、ここでは文法的には「分離動詞」を扱っており、もちろん、このぺア・ワークに入る前には、すでに分離動詞の「規則発見」および例文を使っての簡単な文法学習を済ませている。

  ここでまた実験だが、このようなペア・ワークをするとしないとではどれ位の差が出るのかを試してみた。今度は先程の「複数形の規則発見」の時とは逆に、D4にはLektion4-6を用いてペア・ワークを行い、S4にはその代わり、Lektion4-6を独作文問題に書さ替えたLektion4-7のプリント(紙幅の都合で省略)を配布し、独作文の授業を行った。独作文といっても、もちろん私のことだから、答のドイツ語文をノートや黒板に書かせたりはしない。一文ずつ全員に口頭で言わせた。(もちろん後で、解答例はプリントにして渡した。D4も同様。)しかし後で述べるように、結果的にほぼ同じドイツ語文を口にすることになっても、D4とS4との間には、実際には、かなりの差がついた。それは多分、ペア・ワークを行ったD4の学生が経験したような、かなり自主的な、それゆえある程度実感を伴った発話の体験を、独作文というお仕着せの授業を受けたS4の学生は味わうことがなかったからだろうし、なによりも、ペア・ワークを行ったD4の学生たちがとても楽しそうだったのに対し、確かに全員一生懸命にドイツ語文を口にしていたけれど、S4の学生たちに笑顔はなかったのである。

 

   評価(口頭試験)
   

 私の初級ドイツ語授業は、「実際に使えるドイツ語を学びたい」という大多数の学生のコミュニケーション・二−ズに合わせ、一通り日常的なことは簡単なドイツ語で言えるようにすることを目標にしている。また実際のところ、限られた時間内でドイツ語を最も効率よく教えるには、オーラル(コミュニカティヴ・アプローチ)から入るしか手がないとも考えている。従って、私の授業では耳と口による練習が主となり、読み書きの練習はどうしても手薄になる。

 普段このような授業をしているのだから、評価には筆記試験や書き取り試験だけでなく、発話試験も積極的に導入すべぎだろう。ここ数年、ずっとそう考えてきたが、しかしいざ実施に移そうとすると、実際面での困難さが多々想定されて、二の足を踏んできた。今回、本稿執筆を機に一念発起し、昨年12月の後期中間試験で初めて発話試験を実施したわけだが、最初は、試験期間中の放課後にクラス毎に日にちを決めて、一人ずつ約5分間程度、面接方式で口頭試験を行うつもりだった。もちろん私としては、相手の学生との話の進み具合に応じて質問内容は個々に変えて行くつもりだったが、いずれにせよ、この方法だと、面接順の後の方の学生が、待たされる代わりに確実に有利になる。しかし、これはもう仕方のないことだと諦めて、見切り発車しようとしたのだが、あるクラスの2名の学生がこの方法に異議を唱えてきた。彼らいわく、クラス46名の学生を一人5分として約4時間。午後1時から始めたとして、最後の学生の番が来るのは、早く見積もっても午後5時。試験期間中の貴重な時間をそんなに無駄にはできません、と。私が「待っている間は図書館ででも勉強すればいいじゃないか」と言うと、「家でないと集中して勉強できない者だっています」と来る。わずか2人でもこのように反対する学生がいる以上、こちらも無理強いはできない。そこで、「よしわかった。それじゃあ、やめよう。その代わりなにか名案でもあるのか」と切り返したところ、「あります」と言う。彼らの提案はこうだった。

 先ず、場所はLL教室。学生は各自録音テープを持参し、各々のブースにセットする。私はそのテープを録音状態にし、学生のへッド・セットにドイツ語で質問を流す。すると学生が各自のマイクに向かって一斉に答える、というものだった。確かにこれだと同一クラス内では「時差」がなくなるので、学生にとっても私にとっても好都合である。ただ、クラス全員が一斉に声を出すことにより、周囲がうるさくて本人の声が良く録音できないのではないかと危惧したのだが、これも実験してみると、へッド・セットについているマイクはとても高性能で、全く問題はなかった。また、この方法だとクラス全員同じ問題にならざるを得ないが、これも評価の観点からすると逆に好都合である。そこで今回は、学生のこの提案をもらうことにした。

 実際には、「口頭試験評価表」(221ぺ−ジ参照)に見るように、25問の質問をした。その各々にゼロから四点の評価基準を設け、学生1人につき1枚の口頭試験評価表を用意し、テープを1本ずつ聞きながら、百点満点で採点した。紙幅の関係でここでは省略するが、実際の試験時には、設問10から14のためにHeinz Muller君についての情報を、設問15のためには地図を、設問24と25のために時刻表を書いたプリントをあらかじめ学生各自に配布し、この部分の質問については、学生はこのプリントを見ながら答えた。また試験時間割については、教務係にお願いして、D4とS4を同一日に、またM4とE4を同一日に組んでもらい、D4、S4とM4、E4とで合計8題の問題を入れ替えたが、試験期問中でお互い忙しいせいか、同一日では勿論のこと、日にちが違っても、問題の内容はあまり他のクラスに流れていないようだった。

 評点についていうと、筆記試験をした前期中間と前期末のクラス平均点が、D4が78.4、S4が71.9だったのに対し、口頭試験を行った後期中間試験では、D4が79.4、S4は76.1だった。中には確かに筆記試験に比べて口頭試験の方が点数の下がる学生もいたが(やはり、少しは向き、不向きがあるのだろう)、全体としては、クラス平均に見えるように、口頭試験の方が良い点数を取る学生が多かった。特にS4の例でわかるように、筆記試験で点数が低い学生ほど、口頭試験で救われている例が目立った。この結果からもわかるように、また学生の総合力を見る上でも、私の場合はぜひとも発話試験を導人すべきであり、今後は前・後期とも、(たしかに採点は時間もかかり、大変だが)せめて中間試験では口頭試験を行おうと意を強くした。また今年3月の学年末試験でも(成績評価提出締切日の関係で、どうしても筆記試験を行わざるを得なかったが)、各クラスを回り、私のドイツ語の質問に筆記で答えさせる形で、一部オーラル試験を導入した。

 ところで、今回の口頭試験では、先に述べたペア・ワークをするかしないかでどれだけの差が出るかも試してみた。設問19から25までの分離動詞を扱った7題がそれであるが、結果は28点満点中、ペア・ワークをしたD4が平均21.1、それに対しペア・ワークをしなかったS4が18.6だった。これを100点満点に換算すると、その差は8.9となるのだが、口頭試験全体の差が、先に述べたように、わずか3.3点差であったことを考えると、確かに、D4とS4とでは分離動詞の所で大きな差がついていることがわかる。つまりこの結果からも、学生の感情を刺激する、充実したペア・ワークの実施が、ドイツ語教育にとっていかに重要であるかがわかるのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

   おわりに
   

 ここ数年来、学年未試験の際に任意で授業評価を書いてもらうことにしているが、今年は78名、全体の約45%が書いてくれた。一人の学生が肯定、否定の両面を書いている場合も少なくないが、肯定的意見の大半はビデオと会話中心の授業への賛意であるのに対し、否定的意見の大半は、授業形態と試験形式との落差に起因するものだった。典型的な意見をひとつ紹介すると、次のようなものである。

 「口に出して覚えることは役に立つと思う。ただ書くのに慣れていないので、テストの時はとても大変になることをわかってほしい。テープのテストの方が授業の成果が出ると思う。……P.S.ドイツ語が好きになりました」。

 先にも述べたように、今後口頭試験を増やすことで、学生のこのような不満もかなり解消されて行くだろう。ただ今回の口頭試験のやり方に対しては、「周りの声が聞こえてくるので、途中で自分が何を言っているのかわからなくなる」とか、逆に「周りの声を聞いてやっている人がいた」等の批判があり、また、「テープのテストより、面接の方が良かったと思う」という意見もあった。そこで次回からは、とりあえず1クラスを3回位に分けて、もっと少人数で、お互いの席を離し、なるべく他人の影響の少ない形で行おうと考えている。

 最後になるが、文部省の新学習指導要領によると、これからの教育は、これまでのような「知識」の教育ではなく、「知恵」の教育でなくてはならないという。「知恵」の教育とは、言い換えれば、「ある問題にぶつかった時に、それに対処できる力」を養う教育である。ところで先にも紹介したように、「右脳」で教育すれば、問題解決能力が養われるという。つまりドイツ語を「右脳」で教育すれば、それはまた「知恵」の教育ともなり、時宜に適ったものとなるわけである。今回はほんのささやかな試みであったが、今後とも「右脳に入るドイツ語」を目指して、教材開発を進めて行こうと考えている。

 

   
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