高専実践事例集
工藤圭章編
高等専門学校教育方法改善プロジェクト
1994/03/24発行

   


  
こんな授業を待っていた

   
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T人文・社会・外国語系の授業がいまおもしろい
  2. おもしろ授業戦略

 

 ●ワークシート・小論文方式(145〜156P)

   わたしはヒデオをこんなふうにして使う      藤枝孝善
                                 沼津工業高等専門学校教授

   一.ビデオはてごたえ十分  
   視聴後の認識
   

  「先進国の抱えている問題の多さと大きさにおどろいた。今まで、先進国、特に日本の場合は、食糧は余るほどあり、不足した場合も、他の国アメリカやECから買えば困ることは何もないと考えていた。確かに、作ったものを買って食べるだけの自分たちは何一つとして困ることはない。
 しかし、そんなことを言っていられるのはあと数年だろう。自国と相手国との貿易の問題や、相手国の農業に関わる環境問題を、農業に関わる人たちだけでなく、消費者の自分たちも考えるべきであろう。自分たちの利益ばかりを追求していては自分たちも滅ぼしかねない。日本の先端技術を工業のように農業においても生かすべき日が来たのだと思う。」
 これは『先進国の農業』というビデオ視聴後に機械工学科一年の小林大晃君が書いたビデオ視聴後の小論文である。この中には、ビデオを通して現実を突き付けられ、少し戸惑いが うかがえる。そして自分たちにも何か役に立つ日がくるのではないかという若者らしい使命感がよく現れている。

 

   講義中心からの脱却
   

  百回聞いたことよりも一回経験したことのほうが身にしみて分かるものである。地理教育のような事象に即して学ぶ教科は、講義のような授業形式は学習者を受け身にしやすい。たまには、野外へ連れ出したり、課題研究や地図の演習などをやらせると、自分で取り組むため新鮮さを感じ、学習者は受け身でなくなる。
 また、新聞やテレビで報道されていることを扱うと歓迎される。その意味では、教育テレビの録画視聴は簡便で教育効果も大きい。地理的事象は移り変わりが激しく、使い古しの教材では内容が時代遅れになっている場合もある。検定教科書といえどもその状況にないとは言い切れない。講義の準備ですら現状に遅れないようにするのは大変である。その点、教育テレビは最新情報が盛り込まれていて、構成も優れており、音声と画像で迫ってくるので学習者を魅了する。番組はビデオに収めておけば適宜使うことができ、必要ならば自由に編集することもできる。ビデオ学習は、学習者が教師を媒介とせず直接ビデオの情報を通して新しい発見を容易にする魅力ある学習形態である。

 

   生涯教育の重要さ
   

  情報化時代あるいは変化の時代の中では、学校で学んだ知識は一生に通じなくなって来ている。知識が陳腐化し、次々と新しい情報が登場するからである。こんな時代の学校教育の使命は何か。
 生涯教育ということばが次第に市民権を得て来ている。一生に通じる教育のことである。多くの中学や高校の教育がそうであるように、受験が終われば不要になってしまうようなものではなく、社会に出てからも役に立つ学力を育てることである。時代が変わっても朽ちてしまわないもの、それを地理教育で培うとすれば、本質への迫り方とか、批判力や判断力、創造性ということになろう。それは授業過程の中で鍛えるものであって、知識の形で伝達し、注入するようなものではない。筆者はこの観点にたって教材を集め、自己のカリキュラムを構成してきた。

 

   フイードバック
   

  学習の成立は個々の学習者によって千差万別である。十人おれば十通りの受けとめ方がなりたっいてる。冒頭の内容と同じ小論文を書いた者はいない。このように自由に書かせると受けとめ方に個性が出てなかなかおもしろい。偏見や誤解も見られる。ひどい間違いは正してやらねばならないが、少々の間違いはそのままにしておく。いずれ塗り替えられる時がくると思うからである。類似した間違いが多い場合は授業でフイードバックする。ヒデオ学習に限らず講義形式でも間違った認識は出てくる。それをつかむことは重要である。それには学習者と話し合うか、感想文を書かせるしかない。授業後の満足した顔やつまらさそうな表情も貴重な反応である。学習内容の定着や受け手の質の向上を図るには、やりっ放しではなく、常に教育方法の軌道修正を必要とする。

 

   独自のカリキュラム
   

  授業の成功は教材の善し悪しにかかつている。すぐれた教材は学習者に興味を呼び起こし、教師はその教材が内にもっている目標に向かって最も効果的な方法によって学習の流れを導くことができる。教材探しは教師の最も重要な仕事である。これは使えるというネタを探し当てた時はもう授業が半分成功したようなものである。教科書など既成教材の中にも優れたものはある。既成教材の中ですぐれたものの筆頭に上げられるのが先に上げた教育テレビの放送であろう。これは強力なスタッフが幅広い取材をもとに金をかけて製作したものでるから、我々はこれにはかなわない。そこで筆者は自己の年間指導計画の中にこれを生かすことにしている。
 個々の教師は年間の見通しに立った独自のカリキュラムをもっている。よくできたカリキュラムは目標にしたがって最も重要な内容が順序だてて配列してあって、その指導方法も見えてくる。高等学校では学習指導要領、高専には標準なるものがあってそれに準じて自己のカリキュラムを構築するのであるが、高専の標準は学習指導要領ほど拘束性をもたない。だから高専の教師は思うままのカリキュラムをもつことができる立場に置かれていると言えよう。
 次の表は筆者の平成五年度の年間指導計画の一部を抜粋したものである。

平成五年度 地理 年間指導計画(全60時間)
□地理教育の目標:地表に生起する自然及び人文現象に対する科学的認識を育て、
         よき市民として国際化する社会に生きていける資質を培う
□具体目標:〇人類の居住環境や各民族が築き上げて来た文化について理解を深める
      〇諸国家や人類が直面している問題について認識を深め、
       国際協調の重要さに気づかせる
      〇自然と人文現象を結合した地理的事象の形成過程に法則を見出し、
       未来を予測する力をつける
      〇地域の研究法を身につけ、自分の住む地域への関心を高める
      〇観察力、推理力、表現力、判断力、批判力、創造力を高める
□対 象:一年全クラス 通年二単位 100分授業
    (中  略)

第三章 世界の人々とくらし(全28時間)
□目標:世界各地の実情を理解させ、世界的視野から各地が直面している問題を掘り下げ、
    人類の福祉と繁栄のために日本が果たすべき役割を考えさせる
題材一.世界の食糧生産(6時間扱い)
 ねらい:世界の食糧生産の実情を理解させ、国際協力の意義をつかませる

第17回(問一)農業はどのようにして起こったか
[一]農耕文化の成立(根栽農耕文化,サバナ農耕文化,地中海農耕文化,アメリカ大陸農耕文化,
    遊牧文化)講義
[二]農業地域の形成(各地の農業の特徴,ヨーロッパ゚向け農業地域の形成)VTR

第18回(問二)食料の足りない国はどうすれば解消するか
[三]世界の食料需給(食料事情,農産物の流通,足りない国をどうするか)講義
[四]先進国の農業(ECの農業,アメリカの農業,先進国農業の問題点)VTR・・・
    この事例に該当する時間

第19回(問三)開発途上国の人々が日本に働きにくるのはどうしてか
[五]開発途上国の農業(世界の七割以上が途上国,伝統的な農業とプランテーション型の農業、
    人口の増加と食料確保の問題,農村と農業の近代化)講義
[六]世界の中の日本の農業(日本の農業の変化,日本農業の問題点、農業の将来像づくり、
    世界の中での日本の立場)VTR
                (後  略)

 

 二.ビデオの見せ方
   丸ごと視聴
   

 ビデオの活用には、丸ごと視聴と分断視聴と部分視聴があるが、筆者は二十年近い経験から丸ごと視聴がよいと思っている。授業には一つの流れがあり、ビデオを生かすのならビデオのリズムにゆだねる方がよい。生半可に分断して説明を加えたり、視聴の前後にくどい説明を加えたりすると学習者の集中力が低下して失敗する。教師が説明を控えると、学習者は視聴後はひとりひとりの多様な印象の世界に浸っていられる。こういう雰囲気のもとでは感じたことを書かせるのが一番よい。冒頭の小論文がそれである。 100分授業のうち前半を講義、後半をVTR学習に当ててると、ビデオの視聴が30分、小論文の時間が 15分ぐらいである。教師は少ししゃべるだけでよい。小論文にできるだけ集中させるよう配慮するのが成功の秘訣である。

 

 ワークシートの利用
 ビデオの視聴はワークシートを与えて行わせる。ノートにメモさせる方式では個人差が大きく、学習者はビデオから送られてくる情報を次々と受け取るが、この情報は瞬時に消えていく。目と耳で受け取った情報であるが、時として誤解したままの場合がある。放送のような瞬時に消える情報を定着させる難しさがそこにある。筆者の考案したワークシートはこういう種類の情報を定着させ、復元させるのに有効な手立てである。
 ワークシートは事前にビデオから取り出した情報を基に作成したもので、次に示したものがその実物である。学習者はワークシートのブランクを埋めながら視聴する。ブランクの数は50〜70個ほどにしてあるから30秒に一個を埋める作業となり学習者の負担は軽い。ブランクが少な過ぎると集中度を欠ぎ、多すぎると負担が大きくなる。ブランクを埋め損じた場合は空白のままにさせ、 他人のものは盗み見しないというルールにしておく。視聴後に回収して、誤りや空白を直してやる。ワークシートをチェックすることによって学習者のいろいろな状況が把握でき、フイードバックのよい手立てとなる。

 教師の負担
 ワークシート・小論文方式は集中度が高く、フィードバックの視点も明確になり、小論文を読むことで学習者の多様な受けとめ方や成長ぶりが分かる。
 ビデオ学習は効果が大きいが教師の負担も大きい。事前にはワークシート作りがあり、事後には小論文とワークシートのチェックがある。ワークシート作りはビデオの内容を書き取ることから始まる。書き取った情報群を基にワークシート様式の原稿を作り、タイプかワープロできれいに打ち上げる。視聴後のワークシートや小論文のチェックは家に持ち帰ってやることもある。学生が返却を待っているので長くは放っておけない。
 ビデオの情報は年毎に古くなる側面もあり、また、全寮制のため上級生や留年生もいて同じビデオは使えない。前年度のワークシートが持ち込まれるからである。したがって、教育テレビの放送予定にしたがって毎年ビデオ教材は更新している。負担は大きいが、新しいビデオの内容は教材研究になり、学生の驚く顔を思い浮かべながらのワークシート作りはとても楽しいものがある。

 

 ビデオ学習と講義のバランス
 ビデオを使うならそれに徹すべきである。生半可に年に一、二回見せるのでは効果は薄い。かといって、一年間続けるには相当の体力と気力が必要である。
 筆者のカリキュラムでは、2万5千分の一図幅三島、5万分の一図幅沼津、20万分の1図幅静岡の三枚の地形図をフルに活用した身の周りの事象から学習が始まり、「人間の居住環境」に至って前期を終了する。そして、後期からビデオ教材を中心にした世界地誌学習を展開する。
 ビデオ視聴の準備や事後処理は負担が大きい。今では、100分授業の前半を講義、後半をビデオ学習にしている。講義はOHPを活用して視覚への集中力が減退しないように配慮している。ワークシートも与えるが、チェックの必要がない分だけ負担は軽くなる。

 

 学習の成果は多様なもの
 全員習得あるいは完全習得学習はだれでも志すものである。講義形式の一斉指導はある程度知識なり技能なりを習得させるには優れている。これに比べ、ビデオ学習は学習者の個々において学習を成立させる個別学習の形態であるから、同じビデオを見たとしても学んだことが同じであるとは限らない。誤解もある。その面では一斉指導に劣るといえよう。
 しかし、一生に通じる自己教育力の育成を目指すのであれば、ビデオ学習は学習者が自ら情報と向かい合って、情報群の中から新しい発見をし、興味や問題意識を高め、何が正しくて何が大切かを判断することができるという点では勝るとも劣るものではない。一斉指導に比べると、教師の指導は後退するが、個別学習の手助けをするワークシート・小論文方式によるビデオ学習は、非常に優れた授業戦略ではあるまいか。

 

 
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